JST、失敗知識データベースを公開

2003年6月

ナレッジ・データベース

科学技術振興事業団(JST)は、科学技術分野の事故や失敗事例を収集・分析して「失敗知識データベース」を試験公開した。独自の検索機能を持つWebベースのシステムで、誰でも自由に利用できる。文部科学省が開催する失敗知識活用研究会の提言を受けて構築された。

知識を共有化し、事故や失敗を未然に防ぐ

機械、材料、化学物質・プラント、建設

事例を分析・整理して得られる知識を共有化することで、将来の事故や失敗を未然に防ぐのが狙いだ。機械、材料、化学物質・プラント、建設の4分野のデータを収録する。

因果関係を考慮して配列した「シナリオ」

単に事例の情報を集めたデータベースではない。失敗に至る原因、行動、結果の要素を類型化した「失敗まんだら」という図を採用しているのが特徴だ。さらに、原因、行動、結果のそれぞれのキーワードを、因果関係を考慮して配列した「シナリオ」という形式で表現している。

類似の行動や原因に基づく事例の検索

この表現方法に基づいて事例の分析・整理を行うことで、類似の行動や原因に基づく事例の検索が容易になり、内容も直感的に理解しやすくなるという。

失敗知識活用研究会

畑村洋太郎教授の失敗まんだら

失敗まんだらは、失敗知識活用研究会などで中心的役割を果たしている畑村洋太郎工学院大学教授が発案した。失敗の原因、行動、結果に関わるキーフレーズを体系的にまとめたもので、10個の第1レベルのキーフレーズと、それに付随するサブ(第2レベル)のフレーズからなる。原因、行動、結果それぞれにまんだらがあり、ほとんどの失敗事例は、まんだら上のキーフレーズで分類できるという。

シナリオ検索

「失敗知識データベース」は、このまんだらを使って検索できる(シナリオ検索)のが特徴。原因、行動、結果のいずれかのまんだらを選んで、フレーズを選択し、検索ボタンをクリックすればよい。第1レベルのフレーズを選択すると付随する第2レベルのフレーズをすべて選択したことになる。シナリオ検索と通常のキーワード検索を組み合わせることもできる。

事例を直感的に理解

検索結果として表示される事例の表現方法にも工夫を施している。事例には必ず「代表図」と呼ばれる事例を表現した図が1点添付されている。「概念を描いた非常に重要な図」(畑村教授)で、事例を直感的に理解するのに役立つ。

背景、後日談、損失額

記載されている文字情報も多彩だ。よくある原因や結果、対策だけでなく、原因の裏にある組織や人の特徴やなどの背景、後日談、当事者へのインタビュー、推定される経済的損失、社会的な損失などの情報も可能なかぎり盛り込んでいる。

隠したいという気持ち

畑村教授は「一般にこれまでの失敗事例は情報が欠落していることが多い」と指摘する。責任追及の材料となるのを恐れて隠したいという気持ちが働くからだ。

足りない情報は推測

しかし、事例はあくまで失敗に至るメカニズムを導き出して教訓として学ぶためのもの。そこで、足りない情報は推測などで補っている。例えば、事故などの社会的損失の金額などは厳密には算定しきれない。畑村教授は、「正確でなくても構わない。利用者が学べるような情報を提供することが重要」と語る。

パターンを充実

試験公開の開始時には4分野併せて約560件の事例およびシナリオを登録。試験公開後も継続してデータの追加や更新を行う予定だ。ただし、「データの数をむやみに増やすつもりはない。シナリオのパターンを充実させる」(畑村教授)。

また、現在は4分野だけだが、今後は医療や、保険、行政、システムインテグレーションなどの情報分野への拡大も考えているという。

工学院大学と失敗学会が養成講座

問題を分析できる人材

畑村教授らの活動はデータベースづくりにとどまらない。企業で、失敗知識の活用や失敗情報の分析ができる人材を育成するため、「テクノロジーリーダー養成講座」を開設する。テクノロジーリーダー養成講座は、工学院大学と失敗学会が協力して実施するもので、失敗学会の法人会員を対象に講義や演習を通じて、失敗学と技術創造の方法論を身につけてもらうのが狙い。例えば、失敗事例に対して創造的考察を加えて問題解決を図るための基礎理論や方法を教える。

分析手法の実証実験

失敗知識データベースで培ったシナリオやまんだらによる類型化などの事例分析の手法が、現場でどう役立つかという実証実験の場でもある。

学習と経験が必要

畑村教授は「失敗事例の分析やシナリオ、代表図の作成などは、誰にでも出来るものではなく、かなり学習と経験が必要」だと語る。この養成講座を受講することでそうした作業に必要な基礎を学べるという。

サテライト受講生

さらに、受講生は自社に帰ってサテライト受講生とよばれるメンバーにその内容を講義する。これによって指導者としての資質も養成することも狙いの1つだ。2003年4月にスタートした第1期では、2004年1月までの10カ月にわたって17名のリーダーが受講する。

失敗学会とは

失敗原因の解明および防止に関する事業を行い、社会一般に寄与することを目的とする特定非営利活動法人(NPO)。